元優等生のRe:スタートものがたり

元優等生の30代後半までの葛藤と、人生のRe:スタートを決意したその後の日々や想いを綴っています。

36歳の選択②~子どもたちが育つ場所

わたしは長いこと、自分のことの選択を人に委ねてきました。 子育てでも同じで、世の中の流れに全く疑いを持たず、 みんなやってるからって流されて決めてきました。 いい加減、自分で選んでみようと思いました。 * * * 小学校の短い短い夏休み明け。 そ…

6mの滝に飛び込む

なかなか今までの子育ての後悔から 自分を責めることを止められずに まだまだ悩みの沼から抜け出せずにいました。 でも、もう悩んでばかりいるのにも、正直疲れてきていました。 そこで、フリースクールの投稿から面白い大人を見つけます。 森遊び工房notame…

フリースクールに行ってみた

自分のことに向き合ってみると、 いろいろなことが見えるようになってきました。 子どもたちの気持ちにも寄り添えるようになってきました。 自分の正直な気持ちが見えるようになって、 無理して頑張っていた家事を辞めたり、 以前は手を抜いても、 自分で自…

不登校の娘とわたしの問題

仕事から離れ、 学校に行かない長女と向き合う毎日。 大きな問題は無くなったはずでした。 でも、まだ何かに引っ掛かっていました。 仕事から離れたのに、まだ何かに囚われているような感覚がありました。 * * * 「学校を休みたい」と長女が言い始めてか…

36歳の選択~2020年コロナ禍のなかで

2020年、急に訪れたコロナ禍。 急に全国の学校が休校になったタイミングで わたしは職場に育休復帰しました。 (我ながら、なんてタイミング!) でも、それもそういう定めだったのでしょう。 今までとは違う視点で子育てや教育のことを学び始めて、 2…

長女の頭の中

長女が小学1年生になった年。 次女を出産を控えて、産休・育休を取得していました。 やっと、長女と向き合う時間を持てるようになりました。 1年生。 学校生活、学校の準備、宿題、ならいごと。 今までとは全く違う生活スタイルに親も子も右往左往。 ラン…

年賀状の一言

『黒木(わたしの旧姓)が一番賢く生きてる』 2019年の年賀状の返事に、かつての職場の先輩が書いてくれた言葉です。 * * * 市役所で働き始めたわたしは、 3年間、仕事中心の生活を送りました。 自分のこと・子どものことは後回しにして、 したくな…

再び

順調にスタートしたような公務員生活でしたが、 半年も過ぎると、徐々にまわりの考えや雰囲気が見えてきました。 初めは、「ちょっと難しい」「わかりません」と 素直に聞けていたところが、 相手が思っていることを察して、 嫌なことでも引き受けてしまった…

29歳の選択~公務員への転職

子育てもしながら、現場担当として働く限界を感じ、 だからといって、設計担当を希望して、奮闘する意欲も湧かずにいる中で、 住んでいた地域の市役所で建築技師の採用募集を広報で見つけました。 それまで、建築士試験を受けていて勉強していたことも重なっ…

わたしの子育て

長女を産んで、いちおう、親になったわたし。 でも、今から思うと、 親というよりただの同居人だったなと思います。ハイ ただ、安全を確保して、 だた、お腹がが好かないようにごはんを食べさせて、 身の回りを整えてやるだけでした。 どんなふうに育つのか…

お客様への提案

住宅メーカーで現場担当となって、 7年ほど経ったころ。 わたしは結婚、出産を経て、職場復帰し、 棟数を減らして現場担当を続けていました。 現場担当としての経験も重ね、 棟数が減ったこともあり、 1棟1棟、お客様と向き合いながら、仕事をしていまし…

唯一のワタシの意志

いろいろと世の中の流れに流されて生きていたわたしですが・・・ 唯一、わたしの意志でやらなかったことがあります。 それは・・・家を買わなかったこと!!! 住宅メーカーの社員の意志としては失格かも・・・苦笑 ただ、『新築住宅購入をする必要があるの…

結婚・出産~でも変わらない毎日

結婚しても、相変わらずの毎日でした。 結婚したこと自体はとても良かったと思います。 夫は同じ住宅の現場監督の仕事をしていたし、 悩みの共有もできました。 でも、自分の根本的な問題は何も解決されないまま、 ただ、毎日を頑張って生きていました。 当…

25歳の選択~結婚

就職して3年半、 現場担当として、 毎日車で新築住宅の工事現場のハシゴをする毎日。 日々、「向いていないな」と悩み、 「これも、あれもできていない」と苦しみながら、 ただ「頑張る」という解決方法だけを信じて、 なんとか働き続けていました。。。(…

住宅メーカー勤務

2006年、住友林業株式会社に入社しました。 木造住宅大手です。 ぎりぎりの滑り込みセーフだったとはいえ、 割と自分に合った会社に入社できていたなぁと今なら思います。 しかも、父も、母も、世間も、 納得の優等生コースです。 * * * 建築技術職で…

21歳の選択~就職活動

大学3年生への編入学。 大学生活は2年間。 入学と同時に就職か進学かを考える感じでした。 正直、もういい加減、就職しようと心に決めていました。 いつかは就職しなきゃいけないと。 それならば、先送りしても仕方ないと。 運よく、団塊の世代の大量退職の…

大学生活

大学は、結局、推薦をもらえる一番いい大学を選びました。 それでも、初めての熊本での一人暮らし! やっと、親から離れられる! さいこー!と思ったのもつかの間、 引っ越したその日の夜からホームシックにかかりました・・・ * * * 高専からの進学組で…

ハタチの選択~大学編入学

高専の卒業まであと1年。 就職か、進学か、、、 わたしは出来るものなら就職したいと思っていました。 もう親から離れたかったから。 いい加減、自分で自分の人生を選びたかったー。 でも、一人でその選択をする勇気が持てなくなっていました。 それに加え…

わたしのまわりの大人たち

地方の高校は当時バイトは禁止!という学校が多かったのですが、 高専はわりとゆるくて、、、 いや、実際は禁止だったかもしれないけれど、 高専1年生からこっそりバイトしていました。 * * * 初めてしたのは、近くの量販店のお中元の包装のバイト。 包…

父と仕事

父は、かつて、東芝関連のエンジニアでした。 大学にはいっていませんが、専門学校で電気を学んでいて、 電気のことが好きだったんだろうと思います。 わたしが知っている限りはずっと、毎月、専門雑誌を購読して読んでいて、 居間に山積みになっていました…

夜中の製図室

高専では、 毎年、秋に、『高専祭』というイベントが開催されました。 まぁ文化祭ですね 4年生では各学科ごとに研究発表を行うのが定番でした。 わたしは、それをすごーーく楽しみにしていました。 毎年、先輩たちが本当に楽しそうにやっていたからです。 …

高専生活

高専ってどんなとこか知ってます? そこにわたしは通いました。 国立(当時)工業高等専門学校です。 高校1年生から5年制の学校です。 地方では県に1校程度の学校です。 ロボコンとかで有名ですが、わたしが学んだのは「建築」でした。 建築を学んだのは…

15歳の選択~高校進学

中学2年生のころ、 中学卒業後の進路として、 食品や被服を学べる高校をとても探していました。 県内だけど、電車で通うような遠くの学校も探していました。 (田舎だから、電車で高校に通う子は限られている) 当時のワタシは、早くオトナになりたくて! …

13歳の選択~中学の部活

「何部にする?」 子どものころから、友だちのあんまりいなかったユウコチャンですが、 唯一、結婚後も未だに仲良くしてくれている友だちがいます。 中学に入ったとき、その友だちが、 「ユウコが決めた部活に一緒に入る!」と言ってくれました。 ほんとは、…

優等生のユウコチャン

小学校5年生のとき、初めて、順位が出るテストがありました。 40人のクラスで4位! それまで、学校のテストは何にもしなくても、 みんな90点くらいとれるものだと思っていました。 意外といい成績に、我ながらすごいじゃんと思いました。 でも一回きり…

家の中がワタシの聖地②

母に抵抗して外に遊びにいくパワーを使うのも、 なかなかなじめない友だちに気を遣うのも、 もうめんどくさくなっていたわたし。(←まだ小学生なのに。。。) わたしの聖地、家の中。 その中で、いろいろと開拓していました。 高学年になると、お菓子づくり…

家の中がワタシの聖地①

家の外でも、親の前でもイイ子をしていたワタシ。。。 唯一のワタシの聖地は家の中でした。 しかも、オトナが仕事でいない時間! 夏休みなんか最高でしたー! 母が朝仕事に出かけるまではおとなしくしておいて、 母の車が出かけて行ったのをトイレの窓からし…

父とワタシ

小学校低学年のころまでを思い返すと、 わたしは黙っていられない子でした。 それがわたしの根っこの性格なのでしょう。 思っていることは黙っていられない。 * * * 小学1年生のときのこと。 【14-9】がわからなくて、父に教えてもらいました。 でも…

母とワタシ

母は、祖母(父の母)のことを嫌がっていました。 直接、文句を言っているのを聞いたわけではないけれど。 子どもながらに、ひしひしと感じていました。 祖母は、母に「やめてほしい」と何度言われても、 日中働きに出ている母のために、我が家の洗濯物を畳…

イイ子のユウコチャン

ちいさいころ、 わたしは隣の家に住む祖母(父の母)とよく一緒に出掛けた記憶があります。 手が掛からない子だったようで、母は妹を出産した際、 2歳になったばかりのわたしをまるっきり祖母に預けたそうです。 祖母はおしゃべりが好きな人で、 よく知人や…