ひみつ基地Jya-Jyaのものがたり

【ひみつ基地 Jya-Jyaジャジャ】とわたしの日々のあゆみを綴ります。

15歳の選択~高校進学

中学2年生のころ、

中学卒業後の進路として、

食品や被服を学べる高校をとても探していました。

県内だけど、電車で通うような遠くの学校も探していました。

(田舎だから、電車で高校に通う子は限られている)

 

当時のワタシは、早くオトナになりたくて!

早く何でも自由にできる世界に行きたくて!

自分の意志で何でも選びたくて!

オトナになれば、何でも自由に選べると思っていました。

 

そして、なぜかはわからないけれど、

進学先の高校は自分の意志で選択できると信じていました。 

絶対に自分で選びたいと思っていました。

 

* * *

 

遠くの学校も夢見たけれど、

現実的に考えて、近くの農業高校への進学を希望しました。

(制服もめちゃくちゃ可愛かったから!)←コレは大きな声では言えなかった!

 

やっと自由にいろいろ選べる!と思っていたのですが・・・

 

敢え無く、その夢は打ち砕かれます・・・

父が大反対でした。

 

わたしは成績優秀だったから、

もっと成績のいい高校へ行けたのです。

自分がやりたくて勉強したわけでは無いのに、

父に認めてほしくて勉強した結果、

自分の希望の進路に大反対されるという・・・ 

なんて理不尽なー!!!

今のワタシなら、猛抗議です。笑

 

父は小さいころから、わたしには何か期待していたみたいで、

自分がいけなかった大学に進んでほしかったのでしょう。

市内トップの進学校である普通高校へ進むように勧めてきました。

 

そんな父に、

ケーキ屋さんになりたい!って真剣に話すワタシ。

(パティシエ・・・当時はそんな洒落た名前無かった。笑!)

聞き入れるつもりのない父。

 

でも、わたしも簡単に諦めたくなかった。

とても抵抗しました。

 

そして、ある日、伯母(母の姉)に説得されます。

「ケーキ屋さんはいつでもなれるよ。

 ひとまず、どんな道でも選べる普通高校へ行って、

 大学に行ってからまた選べばいいじゃない」って。

「今我慢しとけば、将来安心だよ」って。

 

* * *

 

そして、結局選んだのは高専でした。 

 

どうしても、進学校である普通高校に行きたくなかったのです。

意味もなく、大学受験のためにだけ、勉強なんかできるか!と思っていました。

どうしても、進路は自分で決めたかった。

だから、父が納得するところで、一番自分の意に沿う道を選んだつもりでした。

 

* * *

 

人生において他の選択は、

自分でも仕方ない部分があったなと割り切れている部分があります。

 

だけど、この選択だけは、

絶対に自分の意志を貫いた方がよかった

心から思っています。

 

もし、このときに、自分の氣持ちに正直に人生の選択をすることができていたら、

わたしは長い間、苦しまずに済んだかもしれないなと。

 

もし、このときに農業高校を選んだことが悪い結果になったとしても、

きっと自分の意志でまた新しい道を探すことができただろうなと。

 

農業高校からでも、本当に必要ならば大学に行ったのではないだろうかと。

 

せめて、このときの選択が、

単純に父から一方的に押し付けられたモノだったとしたら、

もっと純粋に父のせいにして、新しい道を選択する決断が早くできたのではないかと。

 

* * *

 

結局、この決断以降、わたしは長い間、

自分で自分の人生の選択をできずに生きてきたのだなと思います。