元優等生のRe:スタートものがたり

元優等生の30代後半までの葛藤と、人生のRe:スタートを決意したその後の日々や想いを綴っています。

年賀状の一言

『黒木(わたしの旧姓)が一番賢く生きてる』

2019年の年賀状の返事に、かつての職場の先輩が書いてくれた言葉です。

 

* * *

 

 

市役所で働き始めたわたしは、

3年間、仕事中心の生活を送りました。

自分のこと・子どものことは後回しにして、

したくない仕事を優先してしなければならない毎日でした。

 

当時任されていた一コミュニティセンター新築の工事が

一区切りついたタイミングで

ちょうど第2子を妊娠・出産。

産休・育休を経て、そのまま第3子を妊娠していました。

 

高専進学、大学進学

大手住宅メーカーに就職、結婚、出産

公務員へ転職、第2子・3子出産・・・

失敗も無く、順風満帆な人生。

 

確かに・・・自分で言うのもなんですが、

我ながら賢く選んで生きてきたなぁと思います・・・

 

・・・・・・・・・・

 

でも!

 

でも!!

 

でも!!!

 

わたしはずっとずっとずーっつと生きているのが苦しかった!!!!!

 

小学生のときは、自由になりたくて早く大人になりたかった。

中学生のときは、孤独でさみしくて早く大人になりたかった。

大人になったら、何でも自分で好きなように選べるはず。

そう信じていました。

でも、大人になったら、子どものときよりももっともっと不自由で。

自由に選べるはずなのに、何が正解かわからなくて、

自分で選ぶことがもうできなくなっていました。

夫も子どもも大切で、家族のことは大事で、幸せなはずなのに、毎日が苦しかった。

 

生きるために仕事をしているはずなのに、

仕事をするために、生活を犠牲にしていました。

家族が、子どもがいちばん大切なのに、

いつも後回しでした。

人に迷惑をかけずに生きなければいけないと思っていました。

自分のことを優先してはいけないと思っていました。

みんな我慢しているのだから、自分勝手なことをしちゃいけないと。

自分が本当はどうしたいかということに蓋をして、

やらないといけないことはやらないといけないと。

自分を大切にできずにいました。

 

大切な子どものことも、

いろいろな情報を知ると、悩まなきゃいけなくなるのが怖くて、

子育てのこと、教育のこと、

見ないように、考えないように生きていました。

おままごとのように、子育てしていました。 

どこかで聞きかじった、誰かの子育てを切り貼りしながら。

みんな同じように悩んでいるんだよねと。

みんなと同じように子育てしているつもりでした。

 

ずっとずっとずーっと苦しくて

ぜんぜんしあわせでなかった。。。

 

ただ、なんでか自分では、全然わかっていませんでした。

自分がそういう状態だということすら、

気付くことすらできませんでした。

 

もっと頑張らなきゃ。もっと考えなきゃ。

もっと、もっと。

何年も何年も、結局20年以上、人生の大半をそう思いながら生きていました。